守屋筑前守

守屋筑前守(守屋廣治)は、幕末から明治にかけて当社の宮司を務めた人物です。嘉永5年に従五位下の位階賜り、文久元年に日本諸国神祇道取締方となった後に、全国の寺社で巻き起こった様々な論争を解決しました。また天理教の黎明期に尽力したことで知られ、今も天理教の信者が社務所にある木像を見学に来られます。