延喜式内社(千代神社)
祭神 生雷命
摂社 千代神社 八千千姫命

由緒
『磯城郡誌』には「千代村に鎮座の春日神社に境内摂社であった式内社の千代神社が、洪水の為に流失して下流に流れ着き、現在は大安寺の森市神社の境内に祀られている。」と記されている。
宮司家の伝承では天長年間(824年~)の洪水。
森市神社は明治中期に当地より西のカキノモリというところからへ遷座している。

千代神社は千代連が天八千千姫命を祭った神社と思われる。 『播磨国風土記 揖保郡大法山』に推古天皇の世、遣いに大倭千代連勝部をして墾田とあり、勝部であり、秦氏に属していた氏族ではなかったかと思われる。 祭神の天八千千姫命は少し北方方面(磯城郡川西町唐院)の比売久波神社の祭神でもある。 

また次のような伝承もあります。川東村大安寺にあり。元千代(ちしろ)にありしかども、洪水のために社殿流失し、大安寺村に漂着せるにより、ここにまつれるなりと。その後神社を元の千代に持ち帰りてまつりしことありしが、神の崇りにて米の出来不作なりしかば、遂に大安寺にまつりしという。

(『磯城郡川東村外三ヶ村風俗誌』より)

所在地:奈良県磯城郡田原本町大安寺11-2

 

村屋神社社務所にて令和2年4月4日より頒布いたしております